『泣きながら生きて』の劇場上映は、一人の大学生の熱い思いによって実現した。2006年11月3日、ある一家の10年を追ったドキュメンタリーが全国ネットでテレビ放送され、高視聴率を記録。放送直後から異例の件数の問い合わせや感想が押し寄せる大反響を呼んだ。その後、多くの視聴者から再放送やDVD化希望の声が絶えなかったが、放送から約3年が経とうとしている今も、それが叶うことはなかった。しかし、番組に感動した一人の大学生によって、状況が一変する。「この作品をこのまま風化させたくない、もっと多くの人に伝えたい」という彼の思いと働きかけが多くの関係者の心を突き動かし、テレビ番組を全国の映画館で上映するという形で特別な興行企画が実現することになったのだ。

1996年、東京。丁尚彪(ていしょうひょう)は、7年前に妻と娘を上海に残して来日して以来、一度も中国に戻ることなく日本で働き続けてきた。早朝からいくつもの職をかけもちし、深夜に安アパートに戻り日本語の勉強をする毎日。稼いだお金はすべて妻子に送金してきた。彼を支えているのは、「娘に一流の教育を受けさせたい」という強い思い。学びたくても学ぶことのできない厳しい時代に育った彼は、次の世代へと夢を託したのだ。

1997年。娘の丁琳(ていりん)はニューヨーク州立大学に合格。見事に父の期待に応えた。しかし、それは一家が東京、上海、ニューヨークと離ればなれになることを意味していた。娘の学費を稼ぐために働き続ける父、夫のいない家を守り続ける母、両親からのバトンを受けて異国で医学に励む娘……。

運命に翻弄されながらも懸命に生きる一家の姿は、国境を越えて、世代を越えて、時間を越えて、世紀の大不況に苦しむ我々現代人にとって大いなる励みになるだろう。運命に翻弄されながらも懸命に生きる一家の姿は、国境を越えて、世代を越えて、時間を越えて、世紀の大不況に苦しむ我々現代人にとって大いなる励みになるだろう。「15年前日本へ来た時、人生は哀しいものだと思った。人間は弱いものだと思った。でも、人生は捨てたもんじゃない」そう語る丁尚彪の言葉には、人生において必要なものばかりが、詰まっている。

製作期間10年、撮影したテープは500時間超という本作のディレクターを務めたのは、張麗玲。『泣きながら生きて』は、張が手がけたドキュメンタリー・シリーズ『私たちの留学生活〜日本での日々〜』の『小さな留学生』『若者たち』『私の太陽』に続く作品。『小さな留学生』では放送文化基金賞企画賞を受賞した。プロデューサーは、横山隆晴。『白線流し』『桜の花の咲く頃に』など、数々のドキュメンタリーを制作し、日本民間放送連盟賞テレビ教養部門最優秀賞、日本放送文化大賞グランプリを受賞するなど受賞作品が多数ある。MAミキサーの濱田豊は、本作で日本ポストプロ協会賞ミキシング部門グランプリを受賞。音響効果は、田中政文、渡辺真衣。撮影に、遠藤一弘を擁するなど、ドキュメンタリー界を代表する第一級のスタッフ陣で構成されている。